自分の弱さを受け入れて生きていきたい。
人には誰しも弱みがあると思います。それは人によって、苦手なことだったり、コンプレックスだったり。自分の弱みのせいで、失敗したり、挫折したり、嫌なことを言われた経験があるかもしれません。
自分もこれまでを振り返ると、弱みが原因でうまくいかなかったことが沢山あります。そしていつの日からか、その弱みを克服しようとしてきたように思います。
弱みを克服できれば、失敗や挫折がなくなり、成功や達成がふえると思ったからです。それはあながち間違いではないと思います。弱みを克服するということは、できることが増えるということだから、うまくいくことも増えるのです。
自分の弱みは、というと
・ちょっとしたことで疲れやすい
・人と関わるのが億劫
・おしゃべりするのが苦手
・すばやく考えることが苦手
などが思い浮かびます。
これまでその弱みを克服しようとしてきました。
・体力をつけよう
・沢山人と関わろう
・コミュニケーション能力をつけよう
・論理的な思考力をつけよう
そして、その弱みの部分を、強みとして持っている人に憧れてきました。
・毎日アクティブに動ける人
・沢山の人と関わっている人
・誰とでも楽しくおしゃべりできる人
・すぐに考えて発信できる人
子供の頃と比べると、それなりに弱みを、克服とまではいかないけれど、普通レベルくらいには改善してきたように思います。
でも、その埋めてきた力を発揮しているときの自分は、いつもどこか不安で、同時に「自分らしくない」と感じることがありました。本来のできない自分を陰に隠して、できる自分を演じているようにも感じました。
弱みを必死に埋めたとしても、それが弱みであるということは変わらないように思います。その弱みも自分の一部です。だからこそ「弱さを受け入れる」。苦手なこともコンプレックスも受け入れて生きていくしかないように思います。
そして、その弱みを持っているからこその魅力があるように思うのです。(あえて、それを「強み」とは呼びたくない)
・ちょっとしたことで疲れやすい
→ 小さな刺激や感覚を受け取れる
・人と関わるのが億劫
→ 一人の時間に夢中になれる
・おしゃべりするのが苦手
→ 親しい関係の人と深い話ができる
・すばやく考えることが苦手
→ 物事の本質をじっくり考えられる
人は自分にないものに惹かれるのだと思います。そしてそれを身につけたいと思うのでしょう。身につけようとすることを「努力」と呼び、身につけたことを「成長」と呼ぶのかもしれません。でも、自分を自分として受け入れてあげることは、もしかしたら努力や成長以上に大切なことなのかもしれません。